仏教学・東洋哲学の「研究」のお話

皆さま、おはようございます。


COVID-19(新型コロナウイルス)の影響で、自粛が要請され、なかなか身体を動かす機会や、活動の時間が減り、ストレスもたまっているのではないでしょうか。そういった日常の活動も含めて、皆さまの「生活」、「人間が幸せに生きるということ」だと思っていますので、一刻も早く解消されればと願っております。

私たちも大学の授業がオンライン講義となり、通信環境の整備などに追われており、「しゅりる」もしばらくの間は自粛させていただこうと思っておりますので、そんな中で何かできることはないかと考えております。

大学の講義は、比較的実習の少ない分野ですので、あまり影響はありませんが、実際に講師の方にあって、その人の「生き方」への考え方、その人の人生体験などを、対面で聞けることの魅力もあるので、オンライン化は残念な面も決して少なくはありません。


さて意外にも思われるかもしれませんが、「仏教学」あるいは「東洋哲学」といった学問の分野では、 だいぶ前からコンピュータやITの導入がされています。今回はその歴史などを紹介できればと思っております。


はるか昔、日本では一切経(一切の全てのお経)というものが比叡山の蔵などに保管されておりました(大蔵経とも言います)。 当時の僧侶たちは、この資料を活用して、勉強しておりました。 特定の宗派の勉強だけでなく、色んな分野を勉強していたのです。経典の内容も、古代インドの医療技術や薬学といったものも実は含まれています。


だいぶ時代が進み、大正から昭和の時代になると『大正新脩大蔵経』といったプロジェクトがはじまります。 これは当時の仏教関係の研究者が、研究対象としている経典を誰でも手に入れられるよう「本」としてまとめようというプロジェクトです。 プロデューサとして、東京帝国大学の高楠順次郎教授や、浄土宗僧侶の渡辺海旭氏・小野玄妙氏らが活躍しました。 


その後、コンピュータ技術の進歩とともに、研究者らは自分のパソコンでこつこつデータベースを形成するという作業がなされました。しかし、これでは研究者本人のみがデータを活用できるにすぎません。


しかし、インターネット時代が到来すると、東京大学の学者らが「科学研究費」を獲得して、誰でもオンラインで経典のデータベースを参照できる『大正新脩大藏經』テキストデータベース(SAT)といったプロジェクトを開始しました。 これにより研究者らが、自分の求める一次資料を容易に手にいれることが可能となりました。


 『大正新脩大藏經』テキストデータベース(SAT)はこちら 


歴史学の分野では、「ディジタル・シルクロード・プロジェクト」というものもはじまり、コンピュータの助けを借りて、古地図や古写真を定量的に見比べるということが行われました。 

このような技術は、将来的には過去の日記や文書に記された記録などを古地震研究などに活用することで、様々な分析が可能になるかもしれません。 

「くずし字」といった文字を現代の言葉に変換する取り組みなども行われたりしています。それを支えてくれているのが、実はコンピュータの画像処理技術や映像処理技術だったりするのです。ですから私たちは、そういった技術者に非常に感謝しています。


こういったテクノロジーは、アプリとして提供され、市民が一人一人がスマートフォンなどを活用するなかでも、少しずつビッグデータとなりつつあります。皆さまの応援のおかげで研究が進んでいるのです。できる範囲で「答え」を見つけ出そうということを応援する試みが、仏教でいうところの「布施」の原理なのかも知れません。

参考:人文学オープンデータ共同利用センター


実際に、2019年に国土地理院では「自然災害伝承碑の取組」として、データ化していく試みがされています。

このように私たち、文系分野の学生も、何か生活の知恵を見出せるのではないかと、日々努力しているところです。


将来的には「仏教経典」の意味…いや「悟りとは何か」という問題さえ、AIが答えを見つけてしまうかもしれません。 

しかし、現実に生活をしているのは私たちなので、私たちがそういった答えをどう活用して生きるかが重要になってくるでしょう。一人一人の暮らし、よりよい暮らしに活用できるかだと思います。

「仏教経典」は現実にあった歴史に基づいて、当時の為政者の役割や要求、市民活動の一環として"作られたもの"も多くありますから、人間の生活の歴史として見ると非常に深い意味を持っており、そして、その活用は十分に可能であると思っています。古代の人々の当時の技術による天文学や医学なども目を通すことができます。意外と科学的なのです。

ただその反面、宗教的であったり、政治的であったりすることも決して少なくはないですから、私たちが求める「公共性」とのバランスを徹底的に考える必要性はあります。私たち学生それぞれがやるべきことは何かという問題にも突き当たります。そして、しゅりるのプロジェクトの目的としては、結局は、(学生や参加者の方々も含めて)皆さま方一人一人が個別に求めるものを提供することを目指そうということに尽きると思います。一人一人が個別の感性で、良いと思うものを作っていくことを目指しています。



私たちの活動は、ただ「仏教学」や「宗教学」、「東洋哲学」のカテゴリにとどまることなく、上記のように分野横断的に何かできないというところにあります。

今は、私たちも少しでも何かできることはないかと、オンラインでできるコンテンツの提供を検討しています。 

とはいえ、私たちはできる範囲のことしか提供できません。皆さまの応援が頼りです。そんな私たちでもよろしければ、今後とも「しゅりる」をよろしくお願い致します。



文責:濱田

0コメント

  • 1000 / 1000